企業・医療施設による遺伝子検査に関する見解

近年の分子遺伝学・ゲノム医学の発達で、種々の遺伝性疾患が分子のレベルで診断可能となった。更に近い将来、遺伝が原因の一部を占める多因子病(生活習慣病など)の適切な医療も可能になるであろう。遺伝病の遺伝子診断は医療行為の1つであり、さらに発展するものと考えられる。しかし、遺伝性疾患および診断法の特殊性や、遺伝情報が個人のプライバシーに属すると同時に血縁者とも共有されうるという特性を踏まえて、日本人類遺伝学会では、平成6年に「遺伝カウンセリング・出生前診断に関するガイドライン」、および「遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン」を提案したが、平成12年にそれを改定し「遺伝学的検査に関するガイドライン」として公表した。また、家族性腫瘍研究会でも「家族性腫瘍の遺伝子診断の研究とこれを応用した診療に関するガイドライン(案)」を平成10年に策定・公表した。これらのガイドラインは当該学会会員だけでなく、広く医療関係者に遵守されることを期待したものである。

「遺伝学的検査に関するガイドライン」を要約すると、遺伝子診断検査技術を用いた遺伝性疾患の診断は、高い倫理的配慮と遺伝カウンセリングの充実などの条件下に極めて慎重になされるべきであり、とくに(1)検査を受ける人(被験者)の人権を保護する特段の倫理的配慮、(2)診断自体の正確性と客観性、(3)診断的検査技術の精度の向上、(4)医療・倫理・検査技術に関する責任体制の確立、ならびに(5)検査前後の遺伝カウンセリングの実施、などの条件下で行われるべきである。ことに、検査実施前における十分な説明・遺伝カウンセリングとインフォームドコンセントは不可欠である。未成年者や判断能力のない被験者については、人権保護の立場から慎重な対応が要求される。対象者数の極めて多い多因子遺伝病は、発症に関わる遺伝子群の全貌が明らかでないこと、さらに環境因子の寄与率が不明なことなどから、その発症リスク推定の医療への応用はまだ研究段階である。すなわち現時点では、検査を行っても発症についてのリスク推定は不確かで、まして適切な予防・治療が期待できるのはまれであり、一般臨床の場で行われるべきでない。

しかるに最近、確固たる遺伝医学的知識や分子遺伝学の技術的基盤のないまま、これらの遺伝子診断を行おう とし、さらにパンフレットやインターネットを通じ、一般人に対して誇大な宣伝活動を行う医療施設や企業があらわれ、由々しき事態と受け止めている。とくに、評価がまだ定まっていない生活習慣病などに関する発症リスクの推定を適切な遺伝カウンセリングもなく行うことは、被験者に大きな誤解と不安だけを与える恐れがあり、許されることではない。現在、具体的に遺伝子診断を担当していると宣伝している(と称する)検査施設は、調べた限り実体のない会社(実際の検査施設は別の国内外の企業)であり、責任体制が不明瞭である。また、遺伝 カウンセリングも遺伝医学に造詣の深い専門医が行っているとは思われず、このような不適切な医療が普及することは、社会的混乱をきたすことが必至と考えられ、ひいては我が国の将来の健全な遺伝子医療の確立に障害を与えかねない。ここに関連6学会はこの事態を重視し、今後、適切な対応をとるように勧告する次第である。

平成12年5月
 
  日本人類遺伝学会
  日本臨床遺伝学会
  日本遺伝子診療学会
  日本小児遺伝学会
  日本先天異常学会
  家族性腫瘍研究会


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